大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

大阪家庭裁判所 昭和48年(家)1961号 審判

申立人 松本陽子(仮名)

相手方 松本照夫(仮名)

主文

相手方は申立人に対し金四七万円をこの審判確定後即時に、及び昭和四九年三月一日以降申立人と相手方の別居解消または婚姻解消に至るまで毎月金四万円を毎月末日までにそれぞれ持参または送金して支払え。

理由

1  本件は、申立人より昭和四七年一一月三〇日当庁に対し婚姻費用分担の調停が申立てられ(昭和四七年(家イ)第四〇七〇号)、前後一一回にわたつて調停が開かれたが、合意に達するに至らず、昭和四八年八月二日調停不成立となつて審判手続に移行したものである。その申立の趣旨は、申立人は相手方に対し婚姻費用の分担として昭和四二年一〇月から昭和四七年一〇月までの五年一か月間の立替生活費金二四四万円(月額四万円)及び昭和四七年一一月以降毎月金六万円あての支払を求めるというにある。

2  本件の調査結果を総合すると、次の事情を認めることができる。

(1)  申立人と相手方とは、昭和二八年八月一五日結婚し、昭和三三年八月五日婚姻の届出をなし、両名間に昭和三三年一〇月二〇日長男一郎を、昭和三八年六月二九日二男二郎をもうけた。ところで、相手方は昭和三三年第二次試験に合格して公認会計士補となり、昭和三六年第三次試験に合格して公認会計士の資格を取得し、同年一〇月頃神戸市○○区○○の居宅に事務所を設けて開業した。この間、申立人も○○○として働いて相手方をたすけた。そして、両名で資金を出し合つて神戸市△△区△△に居宅を購入し、さらにはこれを売却し資金を足して上記○○の居宅を購入した。昭和三七年に申立人はスーパーマーケットで食料品を万引して○○警察署で説論処分を受けたが、このことが公認会計士の集会で話題となり、相手方は恥辱感を覚えたということである。昭和三八年八月中旬に相手方は無断で家出をして、申立人や子供と別居するに至つた。

(2)  別居後、相手方は昭和三八年一〇月から肩書住所で業務を行うようになり、また昭和三四年頃から同じ公認会計士補として知合つて交際を続けてきた池田すみ子と昭和三九年二月以降同棲し、両名の間に昭和三九年九月四日健一をもうけ(同年一〇月二六日認知)、同女と事実上の夫婦生活を送つて現在に至つている。

同居家族は、相手方、池田すみ子(四四歳位)、健一、相手方の母(七四歳位)の四名となつており、相手方は二名の事務員を雇用して公認会計士の業務を営んでおり、池田すみ子は家庭の主婦のかたわら相手方の業務を手伝つており、相手方の母は無職である。現在の住居は、相手方名義の土地六三・二七平方メートル(昭和四〇年七月一七日付で所有権移転登記)上に相手方名義で昭和四〇年建築した軽量鉄骨造三階建延面積二〇八・六二平方メートル(昭和四一年一月二八日付で所有権保存登記)であり、その一階は相手方の事務所となつている。

相手方の家計は、相手方の収入でまかなわれており、昭和四七年一年間の総所得金額は二四二万一五七八円であり(昭和四八年もこれとほぼ同額であると相手方は述べている)、一か月平均では約二〇万円である。これから月平均で市民税府民税約一万円、所得税約二万円、固定資産税約一万一〇〇〇円、生命保険掛金(健一分)約五〇〇〇円を控除すると、月平均残額は約一五万四〇〇〇円となる。

債務については、相手方が昭和四一年一月一〇日○○中央青果株式会社から借り受けた金五〇〇万円(現住居の建築資金用)があり、これを相手方において昭和四九年五月末までに毎月金五万円とその利息毎月金二万五〇〇〇円ずつを分割弁済する約束でその返済を履行してきている。また、相手方は昭和四〇年三月○○金融公庫から金六〇万円(後記○○町の購入資金用)を借り受けて二〇か月の分割弁済で返済を終つている。

(3)  他方、相手方が家出をした後、申立人は乳幼児である子供二名をかかえて生活に困つていたところ、相手方の所在が判明し、昭和三九年一月頃から相手方よりほぼ毎月生活費が送られてくるようになり、また二年間ほどは日曜日などに相手方が立寄ることもあり、一か月の送金額は昭和三九年で一万円、昭和四〇年と昭和四一年八月までは二万円、昭和四一年九月以降は二万五〇〇〇円であつたが、しかし昭和四三年一〇月以降は送金してこなくなつた(送金を止めた事由として相手方は約束に反して申立人が離婚届に押印してくれなかつたためであると述べているが、申立人はかかる約束を否定し、相手方に生活費のことをいうと籍を抜いたらやるという一点張であつたと述べている。なお、神戸家庭裁判所尼崎支部で昭和三九年、四三年、四五年と三回にわたつて夫婦関係調整事件として調停が行われ、いずれも不調となつた模様であるが、この際申立人より婚姻費用分担の申立がなされた形跡は見られない)。以後、申立人は○○○あるいは事務員として懸命になつて働き、二児を養育して現在に至つている。

同居家族は、申立人と子供二名(中学三年生、小学四年生)である。現在の住居は、上記○○の居宅を売却し相手方の方で資金を足し、さらに○○金融公庫からも借金して昭和三九年に購入されたものであり、相手方の名義となつている。住居の規模は、一階が台所と六帖の和室、二階が六帖、三帖の和室などとなつている。

申立人は、昭和四八年二月から機械販売の会社(従業員三名位)の事務員として働き、月収(手取り)約五万円を得ている。家計はこの収入にたよつているので低く押さえられたものとなつている。申立人は働いていないときや生活費が不足するとき身内の者から借金して(例えば昭和四八年三月妹の藤木えつ子より一万円)生活していたと述べているが、その内容は詳らかでない。昭和三九年頃申立人が友人の秋山祐子から生活費として借り受けた金二万三〇〇〇円については、同年一一月相手方がこれを返済している。なお、申立人は昭和四八年二月二二日相手方より生活費として金一〇万円の支払を受けている。

3  以上の事情にもとづき、本件婚姻費用の分担について判断する。

夫婦は、その資産、収入その他一切の事情を考慮して、婚姻から生ずる費用を分担する義務を負うものである(民法七六〇条)。申立人と相手方とは別居してからすでに一〇年以上も経過し、その婚姻生活は回復しがたいまでに破綻しているものと認めざるをえないが、その破綻の原因は、婚姻生活の経過に照らしてみるとき、結局両名間の性格の不一致に帰せざるをえないし、しかも相手方が無断で家出をし、かつ従来から交際のあつた女性と同棲したことがこれを決定的なものにしたといわざるをえない(相手方が別居の事由としてあげている申立人の万引事件等の問題は、相手方においてこれを宥恕しているものとみることができる)。したがつて、相手方が申立人からの婚姻費用の分担請求を拒むことは許されないのである。

つぎに、申立人は本件申立以前の昭和四二年一〇月から昭和四七年一〇月までの婚姻費用の分担を求めているが、しかしながら婚姻費用の内容が実質的に扶養料の性質を有することに鑑みると、婚姻費用分担の具体的な義務は、特段の事由のない限り、これが分担請求のあつたときから発生するものと解する。本件の場合、申立以前にどのような分担請求がなされたのか詳らかでなく、また前後三回の調停の際における分担請求についても詳らかでないので、特段の事由があるとはいえず、本件申立をもつて分担請求がなされたものとみることができる。したがつて、本件申立以前の婚姻費用の分担請求は失当であるということができ、本件申立のあつた昭和四七年一一月分以降の分担請求について認容すべきことになる。

そこで、婚姻費用分担の具体的な義務の内容について検討するに、本件婚姻の破綻原因が上記のとおりであるから、相手方は申立人と二名の子供の生活を自己と同程度に保持せしめるべき義務を負うものである(当裁判所にとつて顕著な事実であるところの、相手方が申立人を被告として昭和四六年一月一四日大阪地方裁判所に対し離婚訴訟を提起し、昭和四七年一〇月二五日請求棄却の判決を受け、これを不服として控訴し係争中であることは、申立人が原告となつていたのであればともかくとして、そうでない以上、上記義務の内容に影響を及ぼすべき筋合ではない)。ここで、当事者双方の一か月の最低生活費を厚生省の生活保護基準表(ただし第一類と第二類(基準額のみ)の合計額とする)によつて算出してみると次のとおりである。この場合、相手方が池田すみ子の生活費を申立人らのそれよりも優先して負担すべき理由はないが、最低生活費については池田すみ子が公認会計土の資格を有し相手方の業務を手伝つていることから、公平上これを含めて算出するのが相当である。

申立人ら三名の最低生活費 昭和四七年一一月 三万六三〇〇円

昭和四八年四月 四万一四一〇円

昭和四八年一〇月 四万五〇一〇円

相手方ら四名の最低生活費 昭和四七年一一月 四万三八一五円

昭和四八年四月 四万九九八〇円

昭和四八年一〇月 五万三四四〇円

そして、この最低生活費と収入との相互比較、当事者双方の生活の実情、資産の取得とその現況、負債関係、相手方がかつて生活費を送金していた際の情況等一切の事情を勘案して、本件婚姻費用の分担額を決定するのが相当であると認める。そうすると、結局、相手方が申立人に対して婚姻費用の分担として毎月支払うべき金額は、昭和四七年一一月分から昭和四八年一二月分までは毎月金三万五〇〇〇円あて、昭和四九年一月分から別居または婚姻の解消に至るまでは毎月金四万円あてと認定するのが相当である。

以上の次第であるから、相手方は申立人に対し、婚姻費用分担金として、すでに履行期の経過した昭和四七年一一月分から昭和四九年二月分までのものは合計金五七万円となるところ、昭和四八年二月に金一〇万円の支払を受けているので、これを控除した残金四七万円についてはこの審判確定後即時に持参または送金して支払うべきものとし、さらに、昭和四九年三月一日以降別居または婚姻の解消に至るまでのものは毎月金四万円あてを毎月末日までに持参または送金として支払うべきである。

よつて、主文のとおり審判する。

(家事審判官 福島敏男)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例